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語るということ

 いろんなことが疲弊している世の中なのかもしれない。

 わくわくプラザを巡回している相談員は、わくわくプラザがすでに疲弊していると言った。学校や教員の役割ってなんだと思うようなことが多くもなっているようにも思う。飛躍するけれど、サブプライムローンの問題では、もしかして資本主義が疲弊しているのかもしれないと思う。だいたい投資できる人は儲けることができるけど、ぎりぎりで生活している人にとっては「そんなの関係ない」わけだ。

 お金がお金を生み、格差が広がる。学童保育の実態調査(全国学童保育連絡協議会による)では、指導員の年収が300万円以上の人は、10%を切ってしまった。非正規職員化も進んでいる。

 やれやれと思う。蓄積もなにもあったもんじゃない。

 そんな時、語るということの大事さを感じる。アンサンブル会(オカリナの父母会)で、一巡しか話ができなかったとしても、語らないでいるより何倍も良いように思う。それは、日曜日に行われた「学童保育を語る会」でもそうで、お互いの気持ちを話さないことには何も生まれない。

 本当の価値って、たぶん語るということで生まれる。そして、そのことで鍛えられる。

 語る会の後の懇親会では、文京区の方に東京の過去の先進的な条例集や指導要領を紹介させてもらった。厚生労働省のガイドラインがようやく示されたけれど、都内のこの蓄積を誇りに思ってほしいと思った。僕はその資料にずいぶんと刺激されたのだ。(ぶち)

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Comments

オカリナクリスマス会が終わり一段落。素敵な会で子供達大人達の優しさに感動しました。
さて、忙しい12月ですが先日のアンサンブル会も参加できてよかったと思いました。
語るという事は、そこに聴いてくださる方が居るということ。
温かい雰囲気の場があるということです。
帰宅前や昼休みに子供の悩みやボヤキを聴いてくれる指導員がいて、相談すると真剣に聴いてくれる仲間がいることに、何度も助けられました。
語ること、話をすることの流れに非難はいりませんし、アドバイスも本人が受け取るかどうか自由という聴く姿勢がオカリナにあると思います。
毎回のアンサンブル会で楽しく懇談できる事、参加してよかったという気持ちで帰宅できることが、次の日の仕事のエネルギーにもなっています。ありがとうございます。
私は、子供が大いに語れるように話せるように、「聴くということ」を意識したいと思っています。では

Posted by: ジャイアンみたいなしずかちゃんの母 | December 24, 2007 03:59

ふくたく@文京です。
「語る会」ではお世話になりました。

今、うちの父母会での発言は、時間的にも人数的にも一巡するのがやっと。
連絡協議会の運営委員会ではさらに多く、平均60名程度は集まるので、一巡さえ困難です。
そうすると、どうしても「お客さん」になってしまいますよね。
せっかく参加しているのにもったいない。
それでもなんとか大勢が話せるように、できるだけ配慮しているつもりですが。
それぞれが話すだけで深めるところまでは、なかなかいけない。
なにかを生み出す、つくりだす交流のしかたを、模索している日々です。

さて、お借りした「東京23区条例集」、どうもありがとうございました。
色んな意味で、今、文京で役に立つ資料と思います。

たしかに古い資料であり、現在は使われていないものが多いのですが。
でも、かつては23区の多くの区が、行政としてきちんと学童保育に取り組んでいたことが、これらの文章からよくわかる、という点をとっても意味がある資料と思います。
そして「古い」とは言っても、そんなに遠い昔のことではないことについても、恐ろしいものを感じます。
また、それだけでなく、純粋に学童保育のあるべき姿、なにがなくなったら学童保育ではなくなるか、という視点で見ても、とてもゆたかな世界が描かれた文章が、多く含まれていると思います。

文京で、今、危機感を持つべき状況であることを認識するのに、
大いに活用させていただきたいと思います。

どうもありがとうございました。
またよろしくお願いします。

Posted by: ふくたく@文京 | December 25, 2007 12:01

ふくたくさん、こんなところでなんですが、資料の返送ありがとうございました。その他の資料も読ませてもらって、正直びっくりしました。ごめんなさい、都内でもこんなにがんばっている人がいるということにです。(^_^)/応援しています。

それにしても東京ってひとくくりにしてしまうけど、23区内でも相当違いますね。

それから、父母会などでは全員が語るということができることが確かに理想だけど、あんまりそれにこだわるというのも違うかもしれません。年に2回だったら、全員が話すのがいいでしょう。でも、毎月あるのだったら2回に1回でもいいかもしれません。

いずれにせよ、一期一会。その時を大切にするというのが求められると思うのです。でも、簡単じゃないですよね。わびさびの分かる茶人にはなかなかなれない。

それから語るということと、文章の蓄積はやっぱり同じぐらい大切だと思います。東京の過去で言えば、なぜこれらの指導要領などが無いものになってしまったのか?もしかしたら、そのなぜ?から前に進む何かがあるかもしれません。

川崎、品川、渋谷と言う流れに、特に何もできたわけではないのだけど僕は学童保育の可能性を信じているし、何よりオカリナの子や親を信頼しています。

また交流できたらと思います。

Posted by: ぶち | December 31, 2007 01:54

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