年末雑感

2018年も学童ほいくオカリナを応援・支援していただき、ありがとうございました。来年も引き続き、よろしくお願いします。

さて、今年はなんと言っても一般社団法人化と、移転を終え、その間に日常の保育と行事を行い・・・と、まさに怒涛の1年だったなと思います。親たちも大変だったと思う。(^_^;)(おつかれさまでした。)でも、大変だったけどどちらも良い結果を産んでいると思います。

そして、最近のけん玉交流やけん玉大会、将棋大会などの感想を読んでいると、やっぱり6年生までいる学童保育、オカリナの良さを実感しています。その中で不変でよいこともたくさんあるんだけど、進化する部分も必要だなと思います。父母のみなさんには、2019年もオカリナライフを楽しんでほしいと思います。
がんばります。(ぶち)

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年末雑感

2017年も学童ほいくオカリナを応援していただき、ありがとうございました。(ブログみているだけで、応援してないって人もいるかと思いますが、ま、どっちにしろ気にしててくれてありがとうございます。)

2017年がどんな年だったかと聞かれたら、個人的にはちょっと寂しい年だったなと思います。でも、「今日より明日に伸びていく」オカリナだったと思います。学童保育として、経験が積み重なるということが今年も実感できた年だと思いました。

今年は練馬の連絡協議会に招かれて話をする機会がありました。こういう時に、何が大事なのかを考え直す機会があるなと思います。子どもの権利条例の子どものために最善をつくすというのが、実は何なのか。それを問わずとしては前にはすすめません。

2018年も学童ほいくオカリナをどうぞよろしくお願いいたします。(ぶち)

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年末雑感

2016年がもうすぐ終わりになりますね。
今年は学童保育の良さを自分なりに再認識したような年だったように思います。

グローバルな社会を生き抜くために自国の文化をわかっている必要があるとされていますが、将棋や百人一首、けん玉なんかも一つ日本を紹介する重要なパーツなんではないかと思います。オカリナでやっていることばかり。(^_^)v
楽器のオカリナも発展させたのは日本といえると思うし。

そして学童保育も日本独自な良さともいえるような気がしています。1年生から6年生で一緒にいられること、これって制度以上のことがあるような気がというか確信があります。絶対いいでしょ。

来年も一日一日を大切にしていこうと思います。
2017年も学童ほいくオカリナをどうぞよろしくお願いします。(ぶち)

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ご褒美

勝研の準備は本当に心労でした。
でも卒業生や現役父母から寄せられたアンケートの内容は、講演を受けたきっかけでもらった言葉たちだったので、ご褒美をもらったような気がしました。ご協力ありがとうございました。

もう二十歳をこえている卒業生が送ってくれた一つを紹介したいと思います。(本人には了解をもらいました。)オカリナの財産目録に入れます。(^_^;)(ぶち)

①6年生まですごしたオカリナでの思い出
ささやかな思い出ばかりだけど(;^ω^)
・私は本が好きで、オカリナにいた時もよく読んでいた。学年が上になるにつれて、下の学年の子が、この本読んで、と持ってきてくれることが何回かあった。普段本を読むような子じゃないような子だったから、今思えば遊んでほしかったのかなと思うけど、真剣に聞いてくれて嬉しかったことが印象に残ってる。
・6年生の時のドッヂボール大会で、低学年の部が戦っているのを高学年でハラハラしながら見ていた。特に6年生はもうみんなが心配で、どうか勝てますようにと見守っていたけど、どんどん勝ち進んでいって頼もしさを感じた。大きくなったなあと思った。
・冬にこたつが出ていて、そこで宿題をしたこと。わからないことがあれば指導員か上の学年の子に聞いていた。小学校の頃は、今思えば家で勉強した記憶がない。オカリナで、みんながわいわいしている中で宿題を済ますのが好きだった。

②6年生までいて良かったと思うこと
・何も考えず、頼もしい背中についていくだけだった存在から、自分が先頭を歩きひっぱていく存在へと心の変化がスムーズにできた。上の学年が5年間常にいて、ずっと見てきたから、どう引っ張っていくかが自然とわかる。自分も下の学年のお手本になれるような行動をとるようになっていた。具体的には、どこかに出かけるときの先頭が班員から、班長になって先頭歩いたりとか笑。おやつがうどんの時に「いーち」と声がかかるのをまだかまだかと待っている側だったのが、みんなちゃんと取って食べられているかを気にしながら声をかける側になったりとか笑。
・共働きなので両親の帰りが遅かったけど、家に一人で待つ寂しさがなかったこと。「ただいまー」「おかえりー」と言える存在が家以外にもあるのは、大きな心の支えであったように思う。
・思春期に入る前の5・6年生という時期に、親以外の頼れる、なんでも相談に乗ってくれる大人がいるというのは頼もしかった。学校の先生には相談できない些細なことでも、真剣に話を聞いてくれる大人がいたのは心強かった。

③学童に高学年がいることの良さ
・毎年6年生が卒業してしまうときは、兄姉がいなくなるようで寂しかった。でもそれと同時に、負けないくらい良い6年生になろう!と思っていた。低学年の時はただひたすら甘えてかまってほしくてどういったら遊んでもらえるかな?とか考えていたから、高学年になると低学年の子の気持ちがわかり、考えをくみ取りやすくなった。
・喧嘩になっても高学年が待ったをかけてくれる。指導員を呼ぶ前に、高学年の子が冷静に話を聞いてくれて整理してくれる。(私もしたけど笑)低学年の子は高学年の子のことは指導員と同じくらい信頼しているので素直に話が聞けるし自分が悪かったら認めて謝る。子どもだけで解決できることがたくさんあった。
・自分だけでなく、下の学年の子の成長が見れる。去年まであんなに泣いていたのに、今年はもう下の学年の子を気遣っている。。

④6学年に渡る異年齢の子どもたちが一緒に過ごす価値や意義
6年間も同じ場所で成長することで、頼り甘える側から、いつのまに頼られ甘えられる立場になったり、届かなかったところに手が届くようになったり、指導員の背を抜かしたり、物理的にも心理的にも、自分が成長してきた足跡をたどることができる。しかも親と同じくらいの距離と近さで見守ってくれていた指導員がそれを語ってくれる。多くの学年と、人と人のつながりのなかで成長できた6年間でした。

オカリナで過ごした6年間が私のアイデンティティを形成しています。

(S.S)

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十勝学童保育研究集会

十勝学童保育研究集会に行ってきました。
行ってきたと言っても、初講師。
一生懸命話をしたつもりだけど、ぜんぜん余裕なし。うーん。(^_^;)

でも、少しでも、十勝の人たちが
「(6年生まで)行ってよかった、行かせてよかった、勤めてよかった、(さらに作ってよかった)」学童保育を創るきっかけになればと思ってがんばりました。
行くまでにアンケート等、応援してくださったみなさん、ありがとうございました。


参加された方がもしかしてこれを読んだらと思い、補足的に書いておきます。以下。

指定管理者として、仕様書(行政との契約上の取り決め)以上のことはなかなかやりにくいことはよく知っているつもりです。そして、現場の人間は何か壁の中にいるのに、壁が見えない感じ。指定管理者から外されたら仕事がなくなっちゃう、子どもたちとも別れなくてはいけない恐怖も。

でも、国も学童保育を6年生まで認めて、一人あたり1.65㎡は必要で、概ね40人までの単位にするべきだって言っているわけで、それは子どもの権利を守るという視点でも守るべきことです。まずは職場で放課後児童クラブ運営指針を学んで、合意形成をして行ってほしいなと思っています。(この点は分科会では話をしました。)

勝研に行く直前のアンサンブル会(父母会)で、6年生までいる学童保育の良さを交流しました。よく考えたらオカリナで実践していることのほとんどすべてが6年生までいないとできないことだらけでした。講演の中でも紹介した6年生の発言をここにも書いておきます。(ぶち)

「6年生は卒業するってわかっているから、それまでの時間を大切にすることができる。思い出を作るチャンスがある。」
・・・学童保育は3年生まででおしまいって言えないでしょ。

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学童保育の高学年

 朝日新聞にオカリナのことがちょっとだけ出ました。 ←クリックすると記事が見られます。全文読むには会員登録が必要です。(無料で1日3つまで記事が読めます。)若干補足しておきます。

 児童福祉法が改正されて、6年生までが学童保育の対象に明確になりました。前はおおむね10歳というような書き方だったので、補助金を出している自治体によっては、3年生までの人数で補助金をだしていたりしました。高学年の人数はカウントされないため、低学年が少ないと存続の問題になるなんてこともありました。(大きなところでは横浜市がそうでした。)それが改正されたことによって高学年も対象になり、補助金額が増額された自治体が多いと思います。
 つまり従来から高学年を受け入れてきた施設にとってみれば、お墨付きをもらったというか朗報だったと思います。逆に高学年も対象になったがために、低学年の人数だったら広さ基準を満たしていても、高学年の人数を入れると基準を満たさなくなるなんて問題も出てきてはいますが。…それは何とかクリアしないといけない問題ですよね。たいへんだけど。(^_^;)

 しかし、3年生までの受け入れとしてきた施設で、新たに高学年を受け入れられるようにするというのは大きな壁があります。記事にあるようにまず待機児問題。それから保育内容の大きな転換を求められるということもあります。3年生までの学童保育と6年生までの学童保育を両方経験している自分としては、仕事の質が全然違うと思うからです。
 支援の単位という問題もあります。6年生まで平均していると仮定すると、概ね40人にするなら7人×6年=42人が限界で、1学年7人しか受け入れられない。2単位にするにしても、行政が考えそうなのは低学年1単位、高学年1単位とかにしちゃうだろうなあ・・・(管理しやすいと錯覚する)・・・と勝手に想像できる。(ちょっとわかり辛いですね。詳しく聞きたい人がいたらコメントしてください。がんばって書くかも。)

 「質保ちつつ量を」と記事はくくられていますが、保育園でもそうですが残念ながら質はなおざりにされちゃうんですよね、必要な時になかったら意味がないとか言われちゃって。確かにそうなんだけど、子どもにしたら迷惑な話なんだろうなと思う。(ぶち)

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労働ダンピング

クローズアップ現代で、保育園が民営化される時に保育士の賃金カット、雇い止があって経験が蓄積されない、建設現場の例もあげて労働ダンピングという話があってとても示唆的だった。(端折りすぎてます。リンクから全文が読めるのでぜひ見てください。)

少し前の「あさイチ」では保育の質が議論になっていたけど、それを含め学童保育のこれからを考える時のために簡単に考察しておこうと思う。

①打ち合わせや準備時間の確保が保育・学童保育の質に直結する
開設時間を延長すると、保育中に保育士が入れ替わることになる。朝起きたこと、夕方起きたことは引き継ぎしなければならないが、伝える時間はない。これは子どもにも親にも保育士にも不幸なことではないか。開設時間が延長されるのは仕方のない流れだと思うけど、それまでと同じ質を確保するのは、このことだけを取り上げてみても難しいと思う。
学童保育的には、子どもがいない時間に何しているの?と言われたくない。イチローに試合してない時に何しているんですか?って聞かないですよね。消防士が消火活動してなくたって文句言わないでしょ。子どもの帰りを待っているのも仕事なんです!実際、学校で言えば教員、事務員、用務員、調理員、養護教諭、校長、教頭?といったような役割を全部こなしていると言えなくもない。

②非正規化は保育の質を下げる
保育現場の轍を踏まないように、と思うなら、学童保育の現場でズレ勤は極力避けるべきではないか。関わる大人が多ければ多いほど、打ち合わせの時間は必要になると思うのだけど、逆に取れなくなっていく。また、ズレ勤の穴埋めは、パートさん勤務ということになるわけで、そういう労働で事足りると錯覚される。(パートさんとの打ち合わせを十分とれるとは思えない。)まして親が入ってパートさん代わりを務めるなんていう話を聞くと、指導員の専門性って何?と思ってしまう。

③見通しを持つことが保育の質を上げる
保育の専門性ってことを考える時、真っ先に浮かぶのは見通しを持つということだ。見通しを持つということは、その場やその子の育ち(発達)に責任を持っていることと同義だと思う。来年自分が働いているかわからないような仕事にだれが責任をもてるだろうか。その子の未来を思う時、いまのその子への働きかけは深くなる。保育者の生活保障はそういう意味においても保育の質に直結する。

④見通しのない保育はその場しのぎになる
見通しがもてないもう一つの要因には、簡単に言うと対象の子どもの人数が多くなってしまうことがある。そうなると、安全に、けがをしないように・・・それだけしか考えられなくなる。それはつまらないでしょ。

⑤高学年の保育をどう確立するかが課題
留守番ができるようになったら学童保育はいらない となったら、どんどん塾みたいになっていくか、スキマを埋めるような存在になってしまう。それもつまらないなあ。たくさん遊ぶ、さんざん遊ぶ、真剣に遊ぶ、豊かなつながりがある、そんなことって小学生ぐらいまでだと思う、ハンドルにも歯車にも遊びが必要なんだけど。・・・だんだんつぶやき気味。

ということで、これを読んでいる全国の学童保育関係者のみなさん。共にがんばりましょう。コメントしてください。(ぶち)

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談論誘発

東京新聞の「談論誘発」欄に学童保育の現状と課題と言った記事が2週にわたり掲載されました。ぜひ読んでみてください。(ぶち)

「だんろん」

「ゆうはつ」

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初夢

 来年度、オカリナでは8人の1年生を受け入れることが決まっています。残念ながら、断腸の思いで、今回は何人か定員の関係で入室をお断りすることにしました。こうした定員オーバーという事態になったのはオカリナ的には6年ぶりです。申込者が少なくても困るし、多くても困るというのは学童保育の宿命なのか・・・。少し前に発表された厚生労働省の実施状況調査では、今年度約1万7000人の子が入れていないという実態が報告されました。(12月18日)利用児童数が100万人を超えたというのも大きなニュースですが、約88,000人分受け皿が拡大しているにも関わらず、待機児童が7,000人も増えているのはショッキングでした。

 1月4日、たぶん今年の初夢。「せめてあと二人、受け入れるべきじゃないか。」とか、「8人受け入れて○○人になるんですよ。」とか、定員のこととか、を夢の中で論争してた。誰としてたとは言わないけど・・・。正夢にならないように。(^_^;)(ぶち)

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年末雑感

 年末、撮りたまっていた録画を見たりします。NHKのクローズアップ現代はとりあえず勝手に録画されていくので、興味がある話題のは残っているんだけど、なんと4月6日放送のだった。(・_・)

 上方落語の桂米朝さんを追悼するような回で「芸人はお客に育てられるものであるけど、またお客も育てなあかん。目先の評価や小手先の笑いのために流儀を変えたらあきません。それでは話の格が落ちる。」と、米朝さんの言葉が紹介されました。3秒で笑いをとらないといけない今のテレビ。昔は落語の番組がたくさんあったというのもなるほどの話だった。

 コンポ(役員)で話をした時に紹介したのがこのHPです。よく行くこどもの国のディープな世界です。(中央広場は、駅だったんですね。)沖縄で集団自殺した子たちは、自分たちの作った手榴弾を使ったのではないか・・・。想像するって大切なことですね。「平和の碑」は見たことはあったんだけど、今度行くときは子どもたちにも紹介しようかと思います。

 年末、毎年?なんとなく呑むことになっている学童保育関係者と情報交換。オカリナや市連協の立ち位置を確認する感じ。(^-^; 来年はどんな年になるかなあ。

 2015年、お世話になりました。2016年も学童ほいくオカリナをどうぞよろしくお願いします。(ぶち)

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