四季の母 2月

久しぶりに母の俳句を紹介します。
だいぶ間が開き、二つの季節をご無沙汰してしまいました。

母、体調を崩したりすることはありますが、前と変わらず過ごしております。
俳句も毎月詠んでいました。
12月生まれですのでこの間に一つ年を取りました。


2月の兼題 【冴え返る 蕗味噌 土筆】

蕗味噌の苦さ厨をつつむなり

真榊の神棚一礼冴え渡る

晩酌は蕗味噌肴に肥後肥後焼酎

土筆群れ銀翼二重の弧を描く

迷い犬擦り寄る土手のつくづくし


1句目
「あんたたちには蕗味噌なんて作らなかったねぇ。」
そうね。煮物はしてくれたけどね。
「いなかでね、大きなすり鉢とすりこぎでたくさん作ったんだよ。
蕗はその辺にあったからね。美味しいって言うと母(私の祖母ですね)が毎日毎日出すからいやんなっちゃってさ、こっそり捨てたりしてね・・。食べるものがない時代だったんだよ。」


2句目
「お正月は真榊だねえ。」
近いところにある神棚の掃除が最近は自分では出来なくなりお手伝いに行きます。
気のいいお隣のおじさんも声をかければとんできてくれるそうです。
冴え返る は寒さがぶり返すこと

3句目
これはお父さんのことかな。
「東京の母(私の父方の祖母ですね)も静岡の田舎の人だったから作ってたね。
お父ちゃんはお酒のみで苦いものが大好きだった」
そうそう、サンマのはらわたとかおいしそうに食べたよね~。

4句目
多摩川の土手で見上げた空でしょうか。
銀翼(ぎんよく)は飛行機のことです。

5句目
つくづくしは土筆の別の呼び名とのことです。
なんかかわいい。

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四季の母 6月

7月も半ばにさしかかってしまいました。
(俳句の会の翌日にはちゃんとファックスを送ってくれる母です。)
6月7日には、今年も平和のつどいのステージを楽しみに、熱い中、膝も悪いのに早くから一番前の一番端っこの席で子どもたちのパフォーマンスを見てくれました。
ななほしさんにまたお会いできるかと思ってもいたようでした。

6月の兼題【蟻地獄 どくだみ 鰻】

園庭の隅一列に蟻地獄

外竃どくだみ煎じる祖母思ふ

一瞬の素早さ息呑む蟻地獄

裏町はどくだみ群れてゐるばかり

鰻屋の主人無口に幕を引く

1句目
園庭・・私の代わりに孫を・・だいたい毎日・・迎えに行った保育園の庭のことでした。
ある日孫の(息子の方)迎えに行ってみると、子どもたちが蟻地獄にいたずらをしていたんだそうで、それを園長先生が叱っていたんだって。
私「うちの子もいたの?」
母「いたと思うよ~」

2句目
母のお祖母ちゃんのことなので私にはひいお祖母ちゃん。(会ったことはありません。)
母の祖母が住んでいた昔の田舎の家は外で煮炊きもしていたのです。
たくさんのドクダミを根っこごと河原で洗って、大きな土鍋で煮たんだよと話してくれました。
「つねへいおじさんっていう優しいおじさんがいてねぇ、腸結核で早くに死んじゃったんだけど、このおじさんがうちに“少女クラブ”を毎月送ってくれたりしてね、山奥のあんな田舎にもちゃんと届いてさ、それがどんなにか楽しみだったんだよ。」

3句目
母の実家は山梨の田舎農家です。子どもの頃、広い縁側の軒下で見た蟻地獄の様子とのこと。
茅葺きだった昔の大きな家は、私が1年生くらいまではあったので、私もその軒下に鶏を飼っていたことを覚えています。めんどりがどこかに産んだ卵を探す、あのドキドキ感、まだあったかい産みたてを見つけて手にのせた時のあの高揚感は未だに忘れないです。でも蟻地獄は気がつかなかったなあ。
兎と鶏を一緒に飼うと糞が嫌な匂いにならず、ハエが来なかったんだよとも話してくれました。

4句目
家の近くにあった大きな会社が、だいぶ前に無くなりました。
「そのあたりを散歩したんだよ。」

5句目
父は生前、毎月お給料が出ると商店街にあるうなぎ屋に母を連れてうなぎを食べに行っていたんだということを私は初めて知りました。
へえ、そうだったんだ!
「うん、そうだったんだよ。おとうちゃんは東京の人だから魚や鰻が大好きでさ、私は魚が苦手だから食べられないんだけど、うなぎ屋さんにはほかにもいろいろ食べるものがあったからね。」
私もその店構えは覚えています。
寡黙な主人が奥さんと二人でやっていると聞きました。
あるとき閉店を知らせる貼り紙。後を継ぐ人がいなかったのだそうです。
「おとうちゃんがさ、オヤジ、おつかれさんだったな、って肩たたいたんだよ。」
二十数年も前に亡くなった父の、背広の背中をふと思い出しました。

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四季の母 5月

ちょっと大きめな地震が続きました。
ひとり暮らしの母が怖がっているかしら、と思うけれど、なかなかすぐに電話をしてあげたりできずにいると、母の方から「みんな大丈夫だった?」と電話がかかってきます。
反省反省・・。


5月の兼題 【母の日 花水木 筍】

母の日や一男五女は無事息災

母の日や明治の母の座り胼胝

碧空に白鏤める花水木

和食屋の筍料理予約制

茹でられた筍届く連休日

1句目
田舎のおばあちゃんは母を入れて7人の子どもを生み育てました。長兄が戦死したほかはみんな存命しており、連絡を取り合っています。
「あんたが前に、丈夫な体に生んでくれた、って言ってたけどね、私たちもみんな長生きして。こんな年まで姉弟が揃っているなんてあんまり無いと思うよ。だから母が丈夫に生んでくれたんだなあと思ってさ。」

2句目
座り胼胝(すわりだこ)。
繕い物も、収穫したブドウの手入れも。昔の女の人は立ち働くとき以外正座でした。
「着物だからね・・。」
でもくるぶしが硬くなっているのを、私も子どもの頃から母の足に見てきました。

3句目
鏤める・・ちりばめると読みます。
「花水木の花って、咲くときはいっぺんに咲いて散るときも一度に落ちちゃうんだよ。」

4句目
どこのお店のことかと尋ねたら私も知っている、小杉に昔からあるお店のことでした。
私が高校生の時には甘味処で、iにこにこ焼きっていう大判焼きが美味しくて時々友だちと行きました。

5句目
引っ越した家の裏で採れるたけのこを茹でてゴールデンウィークに母のところに持って行きました。
たけのこご飯にしたんだそうです。
ほかの句に“孟宗竹の地所に子どもは家を建て”というものありました。
来年も届けるからね。

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四季の母 4月

3月編は忙しすぎて書けませんでした。
母はとりあえず元気にしております。
先日の母の日に、ひ孫も連れて顔を見に行くと、たいそう喜んでいました。

4月の兼題 【日永 チューリップ 鶯餅】

日永かな身辺整理に余念なし

図書館の貸し出し守る日永かな

いくさ無い日本に咲けるチューリップ

鶯餅手間暇かけて米寿祝ぐ

緩和室黄色眩しいチューリップ

1句目
いろいろ覚悟したり決心したりしながら身辺整理は続いています。
最近は部屋のリフォームを思い立ったようで、業者探しをしていました。

2句目
中原図書館に時折行っています。貸し出し受付の方のことを詠んだのでしょうか。

3句目
広大なチューリップ畑の映像を見てそんな風に思ったとのこと。
「戦争してたら花なんて咲かないんだよ・・。」

4句目
二つ上の姉(私の伯母ということになります)が今年88歳です。

5句目
きれいに改築された病院の緩和室に知り合いが入っている。
もしかしたら会いたくないかもしれないけれど、と思いながら取り次いでもらうと、松下さんなら是非お会いしたいと言ってもらい、会うことができた。
その病室の窓から黄色いチューリップがきれいに見えたんだそうです。(窓のそばに飾ってあったと言ったのかもしれません。最近ちょっと聞き取りにくくなりました。)

別れ際にどう声をかけたら良いものかわからなかったけれど、治ったらまたゲートボールしましょうね、と言うと、はい、ほんとうにそうしましょうね、と泣いてそうおっしゃっったのよ・・と話していました。
母でなければ言えない言葉だなあ としばし思いにふけりました。

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四季の母 2月

何かがあったときに周りのものに迷惑をかけないように、とエンディングノートもそうですが・・
所謂身辺整理も少しずつ進めている母です。

たくさんあった本も、手放せないものを少しだけ手元に残し、
「ブックオフに来てもらった のよ。」
何百冊もあったのに手渡されたのはほんのわずかな硬貨でがっかり、と話していました。
「お金じゃないんだけどね、片付けられたからそれでいいんだけどさ。家まで来てくれたしね・・・。」

2月の兼題【針供養 春時雨 春菊】

針供養裁ち板張り板伸子針

針供養綸子和服の裾捌き

野辺送り帰りに出会う春時雨

春時雨道に迷いて友に逢ふ

トロ箱の春菊抓み不意の客


1句目
昔々、田舎の庭の情景だそうです。
伸子針(しんしばり)は張り板に置いた布の耳をおさえる、竹の細い棒。
布は一反もので28か32幅だと思う、と話してくれました。

2句目
綸子(りんず)。裾捌き(すそさばき)。
「東京の母の着物がね、縮緬の綸子でね。綸子の着物は裾捌きがとてもいいんだよ。」
東京の母というのは私の父方のおばあちゃん。寝たきりになるうーんと前の、和服の着こなしも都会風だった頃のことでしょう。山梨の田舎から出てきた母は、下宿した先(品川の五反田)で父と知り合ったのでした。

3句目
山梨の祖父が亡くなったときのことだな、とすぐ分かりました。
その当時はまだ土葬で、墓地へ向かうお葬式の列が田舎の道を下っていきました。

4句目
時雨は冬の季語でくらい感じがするんだけどね。春時雨はにわか雨だよ。

5句目
トロ箱は、魚屋さんなどにある発泡スチロールの入れ物のこと。
「春菊は癖があるから嫌いな人もいるけどさ、さっとゆでておつまみにしてね。
それで調べてみたら、春菊って 地中海地方が原産らしいよ。中国とかじゃないんだねぇ。」


高学年旅行でお土産に買ってきた、母が大好きなこんにゃくをまだ届けられていません。
3月、どんどん忙しくなっちゃうから娘に頼もうかな。

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四季の母 1月

すっかり忘れていたわ、と、先日1月の作品をファックスしてきてくれました。
昨日電話してみると、「生きてて良かったなあ、と思って・・」と、20年ぶりの再会の話をしてくれました。
その女性Mさんは目のご不自由な方で、母が昔朗読をしていたときに、週に一度を4年間、自宅を訪れて本を読んで差し上げていたのだそうです。
毎年年賀状を出し続けていたら、その方の娘さんがぜひいらして、すこし弱ってしまった母に会ってやって下さい、と連絡をくださり、車で迎えに来てくれたとのこと。
女性は母とそう変わらない年齢で、再会をとても喜んだと言うことでした。
周りで知り合いがどんどんいなくなっちゃうからさ、そろそろ自分の番が来たっておかしくないんだもの、とずっと寂しがっていたので、うれしそうな声が聞けてよかったです。

1月の兼題【冬苺・寒雀・初不動】

初不動善男善女沸き溢れ

エンディングノート書き終え初不動

しわぶきに一斉に翔つ寒雀

寒雀残滓に群れる朝まだき

大菩薩峠の茶屋の冬苺


一句目
目黒のお不動様のことでしょう、と聞くと、
「うん、そうだねぇ。」
私も小さい頃、東京のおじいちゃん(死んだ父の父ですね)に毎月28日っていうとお不動様に連れて行ってもらってのをよく憶えてるんだよ。おじいちゃん、歩くの速くてさ、私がんばって一生懸命歩いた。
「あんたのこと本当にかわいがっていたからねえ。わたしも死んだお父ちゃん(私の父のことですね)と行ったんだよ。」
※ 遙かなるあの日のデート初不動 という句も別便で来ていました。

二句目
いろんなエンディングノノートが出てるけどね。
全部書き込むの大変だったけど一応全部書いたから。今度読んでねぇ。

三句目
しわぶき は咳のこと。
朝、耳鼻科に行くときにアパートの窓から男の人の大きな咳が聞こえたのだそうです。
寒雀は寒いから羽がふくらんでころころまるくなっている冬の雀のことだと教えてくれました。

四句目
残滓(ざんし)は食べかす、食べ物のゴミの意味です。
早朝、近くの跨線橋を歩いたときに見た様子だとのこと。

五句目
冬苺ってお店に並んでる苺じゃないんだよ。そんなこと知ってる人も少なくなったと思うけど、冬に実がなる、山の苺のことなの。昔大菩薩峠の茶店で出しくくれたんだよ。
小さくて赤くてちょっと棘がある感じなんだよ。


冬苺なんて知らないなあ、お不動様の話ももっとしたいなあ、一緒に暮らしていればよかった。なんて思い、明日行っていい?と聞こうとしたら
「明日ね、Mさんに本を読んで差し上げに行ってくるね。」
あら、そんなお約束してきたのね、何を読んであげるの。
「Mさんが好きそうな本があるんだけど、長いお話はもうきっと疲れてしまって無理だと思うって娘さんに言われてね、いろいろ考えたら、ほら、朝日新聞のオピニオンね、あれにちょっといい話が出てたからそれにしようと思ってさ。」

夜また電話して、どうだったか聞いてみようかな。

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四季の母 展覧会

Photo先週から小杉の中原市民館に母の作品が展示されており、見に行ってきました。
高齢の人たちのサークル活動で作られた、様々な作品が飾られている展覧会でした。
とても感心させられました。
14日までやっているようです。

お正月、これまでは母の家に私の弟の家族も一緒に集まっていたのですが、今年からは私の家で、ということにしました。
風邪を引いたら耳の聞こえが悪くなったと言ってやや元気がありませんでしたが、孫たちや、ひ孫の顔を見てうれしそうにしていました。
時折メモを取り出して、次の俳句のヒントを書き込んだりしていました。
85歳。
楽しいことやうれしいことがたくさん訪れる年になりますように。


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四季の母 11月

風邪を引いたり目眩がすると言っていたり。
心配しながら、なかなか会いに行けないけれど、うちの娘が学校帰りに寄ったりしてくれているようです。

兼題【初富士 門松 書初】
※1月の作品展に出すとかで、兼題は一足早くお正月もの。

真向いの遠初富士を四十年

生国の門松綿々五葉松

ならひとて吉書は干支の一字なり
 

門松を立てて踏ん切りつけた筈

書初めは忍の一字をひたすらに


一句目
とおはつふじ。実家の居間の真正面に富士が望めます。私も引っ越すまでは毎日眺めて過ごしました。
遠くても雄大です。近くにさえ感じます。

二句目
綿々(めんめん)・・代々。田舎の家ではずっと昔から門松には五葉松を使うのだそうです。後を継いだ叔父(母の弟ですね)はいまでもそうしているのでしょう。

三句目
吉書(きっしょ)は書き初めのことだよ。どんど焼きを吉書焼き、とも言うんだよ。

四句目
田舎では門松を立てたその日を境に前日はもう旧年、つまり過ぎ去った年になってしまうんだそうです。

五句目
そうして母は生きてきました。


12月生まれの母はもうすぐ85歳になります。

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うれしいこと

毎日更新を目指していますが昨日カメラのメモリーを持ち帰るの忘れちゃって。
そしたら・・
Photo_7夜、二年生のお母さんからこんな写真が届きました。
下の子が通っている保育園に、バザーのチラシを置かせてもらえませんか、とお願いしてみたら・・・園長先生がこんな風に掲示してくれたのでうれしくって、と。
配布はできません、とか営利目的の内容のものはごめんなさい、など私たちからのそういったお願いを二つ返事で引き受けていただける施設も少しずつ減っている中、この心遣いは私も大感激。
ありがとうございます!!
オカリナバザー、大人と子ども、力合わせて頑張ります。
遊びに来てください!!


Photo_8こっちはただの親ばか写真。
専門学校生の娘の作品。
マジパンっていうらしいです。
コンテストみたいなのがあったらしく、一週間ぐらいかけて作ったみたい。
火曜日に帰宅すると、「おかあ、マジパンで先生に100点もらったよ。」と報告。
おお、すごいじゃん。
「でもあんま就職とは関係ないけどね~」
(さぶ)

昨日のうちに更新ボタン押したかったのに、気がついたら寝こけていました。
あーあ。

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四季の母 10月

ななほしさんたちの朗読会を楽しみにしていたのに、前日来客があり、一日中相手をしたらすっかり疲れてしまい、出掛けられなかったと電話口でしきりに残念がっていました。
昔ご一緒させていただいた仲間の皆さんにお目にかかるのも楽しみだったようですが。


10月の兼題 
【松茸・柿・秋まつり】

住み古れば氏子の貌の秋まつり

裏通り熟柿無傷でアスファルト

多種多様柿の歴史を繙けり

筆太に松茸入荷と青物屋

松茸の酒蒸し猪口を傾ける

*好物は柿と宣う姑なりし


1句目
すみふれば。 貌(かお)
もう40年もここに住んでいるから、近くの神社は氏神様だよ、地元に古くからいる氏子と一緒だなあ、と思ってさ。

2句目
元住吉の賑やかな駅前の通りをちょっと入ったら、舗装された道路に、まるで宝石みたいに真っ赤な柿がいくつも落ちていたそうです。

3句目
繙く(ひもとく)
柿がお題になったので、ちょっと柿のことを調べてみたら50種類もあったんだとか。
日本の柿は揚子江の方から渡来したんだそうだよ。知らないことはまだまだたくさんあるねえ。

4句目
秋の八百屋の店先。

5句目
これは二十年以上も前に亡くなった夫、つまり私の父の思い出を詠んだもの。
お酒好きの父が、ああ、松茸が食いたいなあ、と言うので、とても貧しかったんだけど無理して買ってきてあげたんだよ、石づきをそいでさ、酒蒸しにしたんだよ。
母は山梨の田舎から出てきた人ですが、父は品川生まれ。
東京もんは贅沢だねえ、と思ったよ。
いくらぐらいしたの?
その頃で三千円かねぇ、お父さんには言わなかったけどね。

*6句目
姑(母) 宣う(のたまう)
この句は俳句の会で発表したものではありませんが。私には心に響く句なので。
母は、寝たきりのおばあちゃん(私の父方の祖母)を十年間家に引き取って介護しました。
あの頃は介護なんて誰もいいません。家で看る、と表現していました。
大人用のおむつもありません、介護食もありません。ヘルパーさん制度もありませんでした。
おばあちゃんは、母のことをおかあちゃん、おかあちゃん、と呼んでいました。
そのおばあちゃんは、柿が、とても熟してとろとろになったような甘い柿が大好きだったのでした。
皮を取って口に運んであげると美味しそうにすすっていたのをわたしもよく、とてもよく覚えています。

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